情報も物も、知らぬ間に生まれては流れて消えて行く状態では、私たちはそれらの実態をきちんと把握したり、存在の実感を持つことができない。情報や物は飽和状態で、知らないこと、わからないことは多いし日々増えていく。
現代特有の目に見えない力・脅威というのは、そういうことだと思う。そういう脅威によって、私たちは漠然とした不安や閉塞感、混乱を抱いている。
東京には、情報も物も集まってくる。しかしそれは、本当に正しい情報なのか、本当に必要なのか、判断はそれぞれに委ねられている。私はそういう環境の中で育ち、常に不安や混乱を抱えながら、そういうものに振り回されないように注意していると思う。最近はたいていのことは信用しなかったり、別の視点からの意見を探すなどするが、中高校生のときは特にそういうことに注意していた。
そういう環境も自分自身も、なんだか正しく機能していないようにずっと思っている。本当は正しい情報の全てを広めるべきなのに、本当は必要なものだけあれば良いのに、そうではない。そういう環境の中にいる自分が、正しい判断をできているかも信じられない。
こういう部分全て、なんだか錆びた機械のようだ。機能はしているけど、効率は良くないし、正しい動きをしているのか不確かだ。でももう、いったいどうしたら錆がとれるのかも、錆びてないと信じられるのかも、よくわからない。わかるために何か作ってるのかもしれないし、そういう環境の中で生きていくために何か作ってるのかもしれない。後者のほうが、今のところしっくりくる。